鋭く突き出た角を振り上げ、犀の魔物が咆哮をあげて迫ってくる。一人で立ち向かうリョキは、剣を構えて舌打ちをした。
村を襲う魔物を退治してくれと頼まれ、リョキは傭兵団と共に討伐に向かった。
事前の打ち合わせでは弓矢で傷を与え、投げ縄で動きを止め、最後に槍と剣でとどめを刺すという段取りだった。しかし矢は分厚い皮膚に跳ね返され、投げ縄をかけた男は引きずり倒され、槍を持っていた男達は武器を捨てて逃げだした。
逃げずに残ったリョキに、犀の魔物が向かってくる。その進撃は落石の如き勢いだった。しかしリョキは踏みとどまり、裂帛の気合いと共に一刀を放った。
リョキと魔物が交差した次の瞬間、魔物の首から大量の血が噴き出す。疾走する魔物は、勢いをそのままに地面に沈んだ。
どうと倒れた音を聞き、逃げだした男達が歓声を上げて戻ってくる。
「すげぇな、姉ちゃん。いい腕だ。どうだ、俺の傭兵団に入らないか?」
一人の男が馴れ馴れしく歩み寄る。穴だらけの魔物討伐の計画を立て、魔物を前にすると真っ先に逃げた男だ。男の戯言を聞いていられず、リョキは返答代わりに刃を喉元に突きつけた。
「私もこの剣を預けるに足る、仲間を探している。だが私より弱い男などお断りだ!」
リョキの剣幕に、男は悲鳴を上げて尻もちをつく。情けない男に軽蔑の視線を投げかけ、リョキは剣を鞘に戻した。
後始末は傭兵団に任せて、報酬を貰うべくリョキは村へと歩き出した。そこに短い拍手が届く。目を向けると、フードを被った女が白い手を覗かせてこちらを見ていた。
「素晴らしいお手並みでした。辺境で名を馳せる、剣豪のリョキ様ですね?」
「そういうアンタは?」
「これは申し遅れました、私はロメリアと申します」
フードをとると、亜麻色の髪と青い瞳が顕となる。
「私はアンリ王子と共に、魔王討伐の旅をしています」
「アンタがあの?」
リョキはロメリアを見返す。ライオネル王国の王子が、魔王討伐の旅に出たことは知っていた。
「私共は強い仲間を求めております。ぜひリョキ様のお力をお貸し願えないでしょうか?」
ロメリアが頭を下げた。王子の一行は、行く先々で魔物を倒している。その為、彼を英雄だと持ち上げる声も多い。しかし……。
「お断りだね。王族の遊びに付き合うつもりはない」
リョキは鼻で笑った。王子とやらが本気で、魔王を討つ気概を持っているとは思えない。王族のお遊び、あるいは人気取りの売名行為だろう。そんな男に剣を預ける気にはなれない。
「そうですか……わかりました。ではリョキ様に、お仕事を依頼したいのですが」
「依頼?」
「はい。護衛として、我らの旅に同行してください。もちろん、リョキ様の都合の良いところまでで構いません。その上で、我らが遊びか本気か、見極めていただきたい」
数日分の前金ですと、ロメリアは小さな袋を差し出す。受け取って中を確かめると、金貨が数枚入っていた。護衛料としては悪くない額だ。
「いいだろう、とりあえずその王子とやらに会ってみよう」
「ありがとうございます。王子は村でお待ちです」
「アンタだけで来たの?」
「はい。こちらにリョキ様が居られると聞き、私だけで」
「そう、なら早く行きましょ」
リョキは村に向かって歩きだした。元々の目的地でもあったし、噂の王子とやらの顔を見てみるのも悪くはなかった。
村へと続く街道を歩いている最中、リョキはロメリアとほとんど話をしなかった。
歩みや体つきを見れば分る。ロメリアに戦う力はない。おそらくアンリ王子のお付きだろう。側に仕える者がこの程度では、件の王子はやはり期待外れかもしれない。
そろそろ村が見えてこようかという時、行く手にある丘の向こうから悲鳴が聞こえてきた。
リョキはロメリアと目を見合わせ、丘へと走る。坂道を上り切ると、眼下の街道では数十もの黒い影が、街道をゆく商隊の馬車を取り囲んでいた。
背丈の小さな猿のような姿、猿鬼と呼ばれる魔物だった。
商隊を守る護衛もいるようだが、ほんの数人だけだ。あとの御者や商人達は、魔物の群れを前に震えるばかりだった。
更に街道沿いの森からは、新たな猿鬼が現れる。このままでは商隊が全滅するのは明らかだ。
「助けに行きましょう!」
真っ先に声を上げたのはロメリアだった。一方でリョキは躊躇する。
「しかし、あの数では……」
リョキは襲われている現場に目を戻す。一体なら猿鬼は弱く、リョキの相手ではない。しかし見える限りでも、猿鬼の数は三十を超える。森の中にはさらに潜んでいるかもしれない。包囲されれば、いかにリョキでも危うかった。
「襲われている人々を村へと逃がせば、村にいる王子が助けに来てくれるはずです。私もリョキ様を援護します。彼らを救いましょう!」
青い瞳をまっすぐに向けるロメリアに、リョキは迷うも頷く。
「分かった、いいだろう」
リョキの返答に、ロメリアは笑顔を見せる。そしてリョキと共に丘を駆け下りた。
「私が先に行く。お前は連中を逃がせ」
剣を抜きつつリョキが命じると、ロメリアも走りながら頷く。
リョキは声をあげて突進し、二体の猿鬼を斬る。そして注意を引き、包囲の輪を切り崩した。
「皆さん、今です! こちらに!」
ロメリアも声を上げ、村へ逃げろと指示を出す。
リョキの登場とロメリアの指示を聞き、商隊の者達が逃げ始める。逃がすまいと追いかける猿鬼の背を、リョキが斬る。
「こっちだ! 猿共!」
リョキの振るう刃が、血の尾を引いて風を切る。威圧するリョキに、猿鬼達が足を止めて警戒の吠え声を放つ。その隙にロメリアが先導し、商隊が逃げていく。
殺意に染まった何十もの瞳が、一人残ったリョキを取り囲む。側面や背後、樹上からも耳障りな鳴き声が浴びせかけられる。
リョキは剣を構えながら、ゆっくりと動いて大きな木を背にする。
吠え声はさらに大きくなり、最高潮に達した瞬間、正面から一体の猿鬼が飛び出してくる。同時に右と左からも猿鬼が襲い掛かる。
リョキは剣を振るい、猿鬼の頭を、胴体を、手足を斬り裂く。三体の猿鬼を一息で切り伏せたその時、背にした木の上から猿鬼が飛び下りてくる。
安全と思った後ろからの攻撃に対処が遅れ、リョキの左腕に猿鬼の爪がかすめる。
苦痛にリョキの顔がゆがんだ瞬間、猿鬼達が一斉に襲い掛かろうとする。リョキは大声を上げ、剣を振り回した。
威嚇に押されて、猿鬼達が一斉に飛び退く。しかし包囲の輪が広がったのも一瞬だけ、すぐに狭められていく。左腕の傷は痛むが腕は動く。だが同じことが繰り返されれば、いずれ削られて動けなくなるだろう。
周囲を見回すが、全て猿鬼に囲まれて逃げ場はない。援護すると言っていたロメリアも、戻ってこない。
「やっぱり逃げたか」
どうせそんな気はしたと、リョキは鼻で笑った。
剣を預けるに足る仲間などいない。初めから分かっていたことだった。
「かかってこい! お前らなど、私一人で十分だ!」
リョキの声に反応し、猿鬼達が一斉に襲い掛かってくる。
全方位からの攻撃に、リョキは歯を噛みしめた。その時、嘶きがリョキと猿鬼の間に飛び込んでくる。土煙をあげて疾走する馬に、猿鬼達が慌てて飛び退く。
飛び込んできた馬は縦横無尽に暴れ、猿鬼達の群れを蹴散らす。暴れ馬の背には、亜麻色の髪をしたロメリアが跨っていた。
「すみません! 逃げた馬を捕まえるのに時間がかかりました!」
ロメリアは謝罪しながら馬を操る。その手綱捌きはなかなか様になっており、リョキの背後から迫っていた猿鬼達を蹴散らす。
ここが勝機と、リョキは前に飛び出し猿鬼を二体切り捨てる。猿鬼も襲い掛かって来るが、前と左右の三方向だけだ。後ろはロメリアと暴れる馬にさえぎられ、近寄ることすら出来ない。リョキであれば十分に対処することが出来た。
リョキの口の端が笑みで歪む。
後ろを気にせず戦えるのは久しぶりだった。ロメリアは非力だが非力なりに、やれることをやっていた。弱いが度胸のある女だ。
これならば切り抜けられると思ったその時、落雷の如き咆哮が大気を貫いた。リョキは肝をつぶして音の発生源を見ると、三体の巨大な猿鬼が木々をへし折り森から姿を現す。
「な、なんだ、この巨大な生き物は! これも猿鬼なのか!」
猿鬼が巨大化するなど、リョキは聞いたことがなかった。ロメリアもこれには目を丸めている。
巨大な猿鬼が、両手を掲げて雄叫びをあげた。その右手には丸太のような棍棒が握られており、リョキ目掛けて振り下ろしてくる。
圧倒的な質量と速度に、リョキの回避が一瞬遅れて右肩を掠める。それだけでリョキの体が吹き飛ばされ、木の幹に叩きつけられた。
「リョキ様! 今行きます!」
ロメリアが馬を駆り助けようとする。だが巨大な猿鬼が咆哮を浴びせかけると、馬が驚いて暴れだし、まともに進むことも出来ない。
「くそ、こんな奴らに……」
リョキがここまでかと思ったその時、剣を持つ金髪の青年がリョキの前に飛び出てきた。
巨大な猿鬼は、突如現れた青年に棍棒を振り下ろす。対する青年は無造作に右手を振るった。直後、猿鬼の太い右腕が切り裂かれ宙を舞う。
驚きの光景にリョキが息を呑むも、青年は更に剣を振るう。光が走ったかと思った次の瞬間、巨大な猿鬼が細切れになって地面に落ちていた。
「す、すごい!」
青年の剣技を見て、リョキは体の痛みすら忘れて見とれた。まさに武の極地。冴えわたる剣は美しく、剣士であれば誰もが理想とする太刀筋だった。
「アンリ王子、来てくれたのですね!」
「ロメ、無事か! 間に合ってよかった」
金髪の青年が、ロメリアに安堵の横顔を見せる。リョキはこの青年こそが、魔王を倒す旅に出た王子なのだと気づく。だがまだ戦いは終わっていない。残った二頭の巨大な猿鬼が、威嚇の咆哮をアンリに浴びせかける。
「いけない、いくら王子でも一人では」
リョキは何とか立ち上がろうとしたが、体に痛みが走り起き上がれない。
「動かないで」
凛とした声が響いたかと思うと、いつの間にかリョキの側には白い服の女が立っていた。
救世教会の服を着た女が、リョキに向かって手を伸ばす。すると手から光が溢れ出し、その光を浴びると体から痛みが引いていった。
「す、すごい。一瞬で?」
リョキも癒し手が使う癒しの技は知っていたが、これ程の使い手は初めてだった。
そこでリョキはアンリ一行の噂を思い出した。王子の旅には、救世教会の聖女エリザベートが付き従っていると。この女性こそ、当代の聖女なのだ。
アンリとエリザベート。この二人の力があれば、魔王討伐も夢ではない。
リョキは勢いよく立ち上がり、アンリの横に並び立った。
「アンリ王子だな。私も戦う」
「しかし……怪我をしているのでは?」
「すでに癒えた。それと私のことはリョキと呼んでくれ。貴方の仲間になる者の名だ」
リョキはこみ上げる嬉しさとともに、剣を握りしめた。
どうやら自分は、剣を預けるに足る相手を見つけたらしい。